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2009年01月21日

フランケン・ふらん 1巻 感想 木々津克久

フランケン・ふらん 1 (1) (チャンピオンREDコミックス)
木々津 克久
4253233112



剥き出しの純粋さは善意にも悪意にもなるうる。受け手の考え方次第では。
それは子供の持つ天真爛漫さが時として残酷さを発揮する様なもので、無垢だからこそそこには一片の手心も無い訳です。
つまるところ私たちが他人に対して甘く接するのも手心を加えるのも、それは何らかの事態が我が身に降りかかった時に同じ様に接してもらう為の保険であり安全装置であり、敢えて悪く言うと利己的な行動に過ぎません。
10代の頃の、子供時代の純粋さを残した精神ではそうした利己的行動を厄介なものと感じる事も多々ありますが、ある程度歳を取ると利己的だろうが何だろうがそれによって最大公約数的な利益がもたらされればそれでよしと思える様になって来ます。

で、何が言いたいかと言うとそうした時にややこしい利己主義を抜きにして、まったく純粋な精神でもって生命を扱うとどうなるかというのがこの漫画だと思うわけです。
ふらんさんの頭にあるのは純粋な使命感と医学的(と言うか生物学的)な好奇心のみ。
患者の生命を維持する為にはあらゆる意味で手段は選ばないし、好奇心を満たすためには子供がガンプラのパーツを交換してキメラ状態のガンダムを作るにも似た行為を何の躊躇も無くやってのけます。
第三者視点から見ればそれは悲劇かも知れませんし、底知れぬ悪意を感じるかもしれませんが、あくまでふらんさんは純粋無垢。

クメールルージュが純粋さを残す子供達によって社会を運営させようとして、とんでもない悲劇を招いた事を例に出すまでも無く、曇りの無い精神は研ぎ澄まされた刃にも似て有象無象の区別無く触れるもの全てを切り裂くという事かも知れません。
こういうのを見ると、偽善上等利己主義上等、清濁併せ持つ事こそが本当の意味で正常な事だと思えてきますね。


…とか、そんなことを考えつつ"首"が可愛らしく思えてしまう自分は相当心が濁っていると感じました(汗)
濁りもとことん突き抜けると一周して純粋さになるのかもしれません。ああ厄い厄い。
そういえば韓国に生首育成ゲームがあったような…。



秋田書店系感想記事まとめ


タグ:木々津克久
posted by クロネンコ at 19:42 | Comment(0) | TrackBack(0) | 漫画 | edit | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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